

先日テレビを見ていると、東京都内の富士見という地名で、富士山を見ることができる場所が少なくなっているとのことでした。私は九州から3年ほど前に習志野に来たのですが、最近千葉でも富士山が見えるスポットを発見しました。それはJR京葉線です。南船橋を出て、二俣新町のアナウンスが流れるころ、左側の倉庫、工場の間からかなりの時間見ることができます。今ごろの冷え込みの厳しい朝の時間だと、雪のある富士山がはっきり見えます。何だかうれしくなります。それと昨年末になって気付いたのですが、私の住むアパートの4階からも条件が良ければ富士山が見えるんです。その日は西の空に雲が無く、日が沈んだ夕焼け空にシルエットの富士山、おまけに新月から少し輝き始めた三日月まで一緒でした。思わず手を合わせて祈りました。もう少しここで頑張れそうです。
花見川緑地を散歩していると、たまにハトの羽根が何本か落ちているのに気付くことがあります。またカラスの仕業なのかな、と思っておりました。そんなある日私は見たのです。カラスがハトを餌食にする瞬間を。電線に1羽のハトが止まっておりました。そこへ大きなカラスが2羽、ハトを真ん中に挟み、両脇に止まりました。ハトは逃げるチャンスをうかがっているように見えましたが、とうとうハトは電線から飛び立ちました。すかさず1羽のカラスが低空飛行で逃げ回るハトを追い掛け回し、ついにハトはカラスに捕まってしまいました。私はハトがかわいそうに思いましたが、その場を去りました。昨今、公園からくずかごが消え、あさる餌もなし、カラスも生き延びるためには自分より弱いものを襲うしかないのかなと思うこのごろです。
年末、暮れの慌ただしい最中に、飼い猫モモ太郎を逃がしてしまった。自宅から車で30分ほどの動物病院にワクチンを打ちに行った時である。病院の前で突如私の腕から飛び降り、洗濯ネットのわずかな隙間を破り首輪もちぎって遁走していった。取り押さえようとした際両手をかまれ、血の吹き出た痛さに気を取られているうちに見失ってしまった。私の油断がこういう結果を招いてしまい、じだんだを踏む思いで自分を責めている。家の近くならともかく、飲食店や住宅の密集している繁華街である。捜すたびに絶望して帰ってくる。孫代わりに猫かわいがりに甘やかしていた。いつも満腹で暖かいこたつに寝そべり、私のおしゃべりの相手をしてくれていた。この寒空に空腹に耐えながらどこをうろついているのだろうと思うだに、夜も眠れず、いてもたっても居られない。娘たちは電話で「もともと野良猫だったし、まだ2歳で若いし、シャム猫は毛が密集しているから大丈夫、そのうち戻ってくるから」とお気楽に慰めてくれるが…。オーイ、桃太郎、鬼退治が終わったら早く帰っておいで〜。ママのお布団温めて待っているよ〜。カツオのたたきも用意しておくからねぇ。
娘の通う小学校で、東日本大震災で被害を受けられた方への募金活動があった。9歳の娘も自分のお小遣いから募金をすると言う。だけどよく聞いてみると、お友達がしているからとか、先生が困ってる人のためになるようにと言っていたからなどと、動機は強いものだとは思えなかった。そんな折、親戚の結婚式に家族で参加する機会があった。自分で選んだきれいなドレス、豪華なごちそう、小さいころからかわいがってくれたお姉さんの美しい花嫁姿。どれも初めての事で娘はとても興奮していた。そして一番喜んでいたのが、親戚同士の顔合わせだった。新郎側の親戚が紹介されると、娘はとてもはしゃいで「親戚がいっぱい増えたね」とにこにこしていた。堅苦しい紹介なので少し意外だったが、考えてみれば娘の気持ちはよく分かった。私の嫁いだ家は親戚の結びつきがとても強く、うれしい事、悲しい事がある度みんなが集まり気持ちを共にする。娘は親戚が大好きなのだ。結婚式の帰りの車で娘は言った。これから妹が結婚したらまた親戚が増えるね。その子どもが結婚したらまた増えて。みんな親戚になっちゃうねと。「おばあちゃんのおばあちゃんのもっと前から調べたら世界中みんな親戚だよ」と私が言うと、「だからみんな助け合うんだね」と娘は言った。とても大切な事に気付いた一日だった。
テーマ投稿 『私のチョイ足しアイデア』
習い事、外遊び、家庭学習…小学生でも忙しいわが家の息子。読書が大事だと分かっていても、ほとんどできないのが現実です。そこで最近ひらめいたのが「人物事典読書」。世界の偉人にちょっとずつ触れられ、1ページあたり2、3分で読めます。国語&社会の一石二鳥の学習法。大人の方もぜひ、お試しください。
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